違いが見えてきたら、そこからが本番- 組織の心理的安全性とファシリテーション
「心理的安全性が大切なのは分かっているんです。でも、正直、現場ではそんな余裕はなくて……」
マネージャーの方と話していると、こんな言葉をよく耳にします。
心理的安全性、対話、ファシリテーション。
どれも理想としては理解できる。けれど、成果責任やスピードが求められる日常の中で、それを実践することに、どこかためらいを感じてしまう。
「本音を出させて、かえって収拾がつかなくなったらどうするのか」
「意見の違いを出すことで、組織がバラバラになってしまわないか」
そんな不安は、とても自然なものだと思います。
先日、あるマネージャー向けのファシリテーション研修を行いました。
その中であるワークをやっていただきました。
「一つの結論を出す」ことを目的にしたワークですが、その内容は、ファシリテーターのあり方を問い直すものになっています。
その話し合いの中で浮かび上がってきたのは、マネージャーとしての関わり方や立ち位置、それぞれの大切にしていることの「違い」でした。
その中で、特に印象に残ったのは、「本当はこうありたい」と願っている自分と、実際に取っている行動とのあいだにあるジレンマです。
部下の話を、もっと丁寧に聴きたい。
違う意見にも、もう少し時間をかけて向き合いたい。
本音では、そう思っている。
けれど、目標や期限、目の前のタスクに追われる中で、いつの間にか、こうありたいものとは違う行動をとってしまっている。そこに気づいた方がいらっしゃいました。
また、こんな声も聞かれました。
「こういう話し合い、最近は無いなぁ」
「昔は、もっとあった気がするよね」
この言葉から見えてきたのは、かつては確かに、違いを持ち寄り、背景を聴き合うような話し合いが、組織の中に存在していたということです。
組織が成長し、効率化や標準化が進む中で、良かれと思って整えてきた仕組みやルール。
それらが、結果として人の声や違いを扱う余白を、少しずつ削いできたのかもしれません。
心理的安全性というと、「安心して発言できる雰囲気をつくること」と捉えられがちです。
けれど本来それは、何かを用意すれば手に入る状態というよりも、関係性の中から立ち上がってくる結果に近いものだと感じています。
人は、自分と違う意見に出会ったとき、無意識のうちに身構えます。
その違いを「厄介なもの」として早く処理しようとするのか、それとも「何か大切な背景があるのかもしれない」と、立ち止まれるのか。
その選択の積み重ねが、組織の心理的安全性を形づくっていきます。
だからこそ心理的安全性は、制度やルールだけでつくられるものではなく、違いにどう向き合ってきたかという、組織の記憶とも深く結びついているのだと思います。
私は、こう考えています。
違いがあること、それ自体が話し合いを豊かにする。
意見の違いが見えてきたら、そこからが話し合いの本番。
大切なのは、どちらが正しいかを決めることではありません。
その違いが、どんな経験や価値観、背景から生まれているのかを、知ろうとすること。
そして、そのプロセスを飛ばしたまま、「分かり合えない」「うちの組織には無理だ」と、話し合いそのものを諦めてしまわないことです。
プロラボがやっていることは、組織文化を無理に「変える」ことではありません。
これまで組織を支えてきたやり方や価値を認証しながら、組織の皆さんと一緒に語り直していくこと。
その中で、失われてきた対話に気づいたり、置き去りにしてしまった「違い」という宝に出会い直したりする場に、伴走しています。
そこから、新しい可能性が少しずつ立ち上がっていく。そんなプロセスだと感じています。
心理的安全性は、どこかから持ち込んで完成させるものではなく、関係性の中で育まれていくもの。
ファシリテーションは、そのための「場」をひらく、一つの選択肢です。
忙しい日常の中で、すぐにすべてを変えることは難しいかもしれません。
それでも、違いを扱うことを諦めない。
背景を知ろうとする姿勢を手放さない。
その小さな一歩が、組織の心理的安全性を、静かに支えていくのではないでしょうか。
もし、
「うちの組織でも、こうした話し合いの時間を取り戻せるだろうか」
「違いを出すことに不安はあるけれど、諦めたくはない」
そんな思いが、少しでも浮かんだなら、どうぞ気軽に>こちらまでお声がけください。







