解のない時代の話し合いの可能性を拡げるナラティヴ・アプローチ

RC(リフレクシヴ・カンバセーション)によるグループ・スーパービジョン。
活動を総括する時に、その総括の仕方は色々ありますが、ナラティヴ・アプローチでは「文書化実践」と「RC(リフレクシヴ・カンバセーション)」がその代表的なものになります。
どちらもナラティヴの実践者を支える意味で、とても大切なプロセスになっている気がします。

RCでは、3つの役割があります。まず、取り組んだことを話す「話し手」。そのお話を聴く「聴き手」。そしてその会話をreflectiveに聴く「聴衆」。
今回一連の取り組みの区切りにあたって、全員がこの役割を持ちまわる中で、リフレクシヴ・カンバセーションの『認証と可能性の生成』というプロセスを体感的に学び、その中で、自分の取り組みを支えてもらい新たな一歩への背中を押してもらうのは勿論のこと、同じナラティヴ・アプローチを実践している仲間の取り組みからの気づきを得る大切な時間になりました。

RCの「認証」と「可能性の生成」という2つの構造

RCに限らず、ナラティヴの学びで何をプラクティスしてきたかというと、この「認証:acknowledge」のスタンスといっても過言ではないかもしれないと私は思います。
認証というと、certificationとかauthenticationとか、なんだか上から認めてあげますよ、みたいな印象を持つ方もいるかもしれませんが、ナラティヴ・アプローチでいう認証は、acknowledgeです。これらの英語の微妙なニュアンスの違いを私は上手く説明しきれないのですが、acknowledgeには、評価判断ではなく、より受容的な、相手に承認感をもってもらうような、でも賞賛はしない、そんな応答の仕方になると私は理解しています。

最後の「賞賛しない」がポイントです。私は、褒められても何故かあまり嬉しくない感じがしていて、それは自分が素直ではないせいだ、と考えていましたが、ナラティヴを学び、「賛美の言葉は、受け取りにくいものだ」と学び、そういうことだったのか!と腹落ちしました。
でも、私たちの中に染み込んでいる文化的習慣には、とりあえず褒めるところから始めるべし、という考え方が根強く残っています。その習慣を変え、認証の言葉が浮かんでくるようになるには、やはりプラクティスが必要ということなのですね。ここ数年練習し続けてきて、まだ上手くはないですが、感覚がわかってきたかもというところまで近づけている感じはしています。

そして、「可能性の生成」というプロセス。ここでは、「あれかこれか」という何か一つのこうすべきというところに行きたつのではなく、「あれもこれも」という姿勢で会話します。
これまで当たり前のように、本質は何か?を追求する世界にどっぷり浸かっていて、「あれかこれか」を追求してきましたが、その方向は、「会話は閉じていく」方向に向かわせます。話し合いは、どう収束すべきか、なのだから、それでいいのでは?と思う方も多いかもしれません。でも今は正解のない時代です。必ずしも、会話を閉じる方向に向かわせるだけが道ではないということを知っておくことは、大変重要なことだと思っています。
しっかりと認証のプロセスを経て、あれかこれかではなく、「あれもこれも」とより語れる余地を広げていく可能性を生成していくこと。そうすることで、話し手は自分で選ぶ機会を得られるようになります。自分で選んだ道がその人のその時の正解になる。つまり、「会話を広げていく」という方向性は、解のない時代に向き合う私たちにとっても、とても重要な話し合い方なのだということを、このRCのプロセスが教えてくれました。

解のない時代の話し合い方としてのナラティヴ・アプローチ

ナラティヴ・アプローチは、社会構成主義をベースにしていますが、ナラティヴを学ぶことで、色々な概念がパラダイムシフトしたように思います。
そして、ここが自分のファシリテーションにも大きく影響してきているなと実感するところでもあります。
現在取り組んでいる実践トレーニングコースでもRCのプロセスを繰り返しやっていますが、認証と可能性の生成の会話が出来るようになると、話していくことが楽しくなるというか、本当に可能性が広がっていく感覚があります。これがナラティヴの魅力だとつくづく感じられたのも、この学びのギフトでした。

実は、このリフレクシヴ・カンバセーションのプロセスを組織のふりかえり会議に活用しはじめています。
認証のスタンスと可能性の生成の姿勢を理解し、リフレクシヴ・カンバセーションができるようになると、マネジメントスタイルが変容してきます。
更には、形だけの1on1ミーティングがより効果的な人財育成のプロセスに変容していきます。

とても効果があるので、体験したい方は是非ご連絡ください。